鎌ケ谷総合病院千葉神経難病医療センター・センター長
神経内科医
湯浅龍彦先生
【講演テーマ】
パーキンソン病と腸脳相関:量子と鍼灸
【略歴】
昭和 39 年 県立松江北高等学校卒
昭和 45 年 信州大学医学部卒
学 位: 医学博士(971 号) 新潟大学
平成 元 年 新潟大学脳研究所神経内科(助教授)
平成 4 年 東京医科歯科大学神経内科 (助教授)
平成 7 年 NCNP国府台病院(部長)
平成 17 年 徳島大学臨床教授
平成 20 年 現職
社会活動 国立医療学会雑誌「医療」
元編集委員長
SGPAM(予防鍼灸研究会)顧問
[背景]
パーキンソン病(PD)には、運動症状と非運動症状がある。前者には、固縮、振戦、無動、姿勢保持障害があり、後者には、様々な自律神経症状、精神症状、睡眠障害、慢性疼痛などが含まれる。但し、これらが一斉に現れるのではなく、便秘はPD発症の20年も前から生じる重要な予兆であり、そして発症の危険因子である。宿便が続くとある日突然動けなくなることもある。
[目的]
本講演では、PDにとって便秘が如何に大敵であるかからはじめて、前段では、ヒトの生命活動、脳活動が腸内細菌叢に深く依存する実態(腸脳相関)を解説する。続く後段では、生命の基本である細胞、遺伝子と分け入る時、最後に到達する最小単位である量子力学の世界を覗いてみて、鍼灸が如何に生命を支える基本的手技であるかの理由を考えてみたい。
[結果]
PDにおける便秘は症状であり結果である。便秘の原因の第1は、腸内細菌の姿にある。腸内細菌叢を如何に整えるかがポイントである。第2は食べ物の偏りである。
ヒトのこころの働きを知・情・意という。こころの背景に生きなんとする意志(魂)の存在を感じる。そうしたこころの背景には広大な脳のネットワークが広がる。そのネットワークの働きの基本は、シナプスの存在である。脳には大脳皮質だけでも140億とも云われる神経細胞があり、その一つ一つの神経細胞に2万~4万個のシナプスが存在する。結果、脳全体のシナプス数は、天文学的である。同様に腸内細菌の数は、10兆とも100兆とも云われ、重さにして2500g、脳の総重量を凌駕する。
この様に数だけ見ても脳と腸内の基本単位は途方もない数を擁する。腸と脳は互いに独立した世界を創りながら、相互依存関係にある(下図)。腸内細菌がいなくなれば脳の機能を維持できなくなる。わが師生田房弘は、脳と身体の関係を「脳は無限の偶然が結びあった塊、恐るべき臓器である。多臓器の絶妙な連携の上に生命がある」と述べた。又、生田の師である中田瑞穂は「脳の最大の働きは、可塑性plasticityである」「脳は一度経験すると経験前には戻れない」。そして「脳は如何様にも形を変える特質があり」「可塑性とは適応性adaptabilityである」と述べ、脳の働きの基本を衝いた。
そこで、鍼灸の働きがどこにあるのかとの疑問が浮かんでくる。まず、鍼灸は神経系を介して全身に影響をもたらす。自律神経系、辺縁系、大脳皮質系に対して、それぞれに作用するからである(下図)。他方、鍼灸が腸管系に達する道筋の一つに、鍼灸によって腸内細菌叢の姿が変わるという事実がある。腸管の生理的状態が整えば、腸内細菌の姿も変わる。こうして鍼灸は「腸管と脳」という2大ネットワークを整える技法なのである。
生命体の基本は、細胞にある。その基本構造は、細胞膜、細胞内小器官、細胞質や核、更には核酸、そして最終的には原子(原子核と電子)に達する。こうして、現れた物質としての最小単位を素粒子と呼び、その実態を量子と呼ぶ。生命体に閉じ込められた最小単位である量子は、核融合や核爆発などのように一気に膨大なエネルギーを放出しない変わりに変幻自在に姿を変える特殊なエネルギー状態である。量子とは、粒子であり波動であるとされる。量子は宇宙形成にも関わる。東洋哲学の基である易経では、始まりは太極にあるとし、そこから陰陽、三才、五行へと枝分かれする。その中で、生命体が生まれたと考えた。こうして、生命体に閉じ込められた量子の中に、粒子と波動という太極の働きを見る。翻って魂が何たるかは未だ解明されない大きな問題であるが、鍼灸の働きを通して、生命の基本的単位の中にそれを知るべしか。
【湯浅龍彦先生のご講演概要】
[結論]
腸脳相関から始めて、身体の中の宇宙を見て来た。宇宙と同様に生命体の基本単位も、量子(エネルギー)であり、鍼灸は、身体のネットワークを整え、魂を鼓舞し、生命の根源に達する技である(令和4年7月8日)。